最高裁判所第一小法廷 昭和31年(あ)4239号 判決 1958年5月01日
主文
本件上告を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人天野憲治の上告趣意第一、二点について。
所論は、原判決が事実誤認を理由とする検事上訴を容れて第一審の無罪判決を破棄し被告人に対し有罪の言渡をしたのは憲法三九条、三七条一項に違反すると主張する。しかしながら、下級審における無罪又は有罪判決に対し、検察官が上訴をなし有罪又はより重き刑の判決を求めることは、被告人を二重の危険に曝すものでもなく、従ってまた憲法三九条に違反して重ねて刑事上の責任を問うものではないから、控訴裁判所が検察官の控訴を容れ、第一審で無罪となった事実を有罪としても憲法三九条に違反するものでないことは所論引用の当裁判所の判例(昭和二四年新(れ)二二号同二五年九月二七日大法廷判決、判例集四巻九号一八〇五頁以下、昭和二四年(れ)五九号同二五年一一月八日大法廷判決、判集四巻一一号二二一五頁以下参照)とするところであり、右判例を変更すべき理由はない。また、憲法は審級制度をいかにすべきかについては、同八一条を除くほかなんら規定するところがないから同条以外の点についての審級制度は立法をもって適宜に定めることができると解すべきこと、憲法三七条一項にいう「公平な裁判所の裁判」というのは偏頗や不公平のおそれのない組織と構成をもつ裁判所による裁判を意味するものであることはともに当裁判所の判例(前者につき、昭和二二年(れ)四三号同二三年三月一〇日大法廷判決、判例集二巻三号一七五頁以下参照、後者につき、昭和二二年(れ)四八号同二三年五月二六日大法廷判決、判例集二巻五号五一一頁以下、昭和二二年(れ)一七一号同二三年五月五日大法廷判決、判例集二巻五号四四七頁参照。)であり、なお、裁判が迅速を欠いたということは原判決を破棄する理由となすに足りないことも当裁判所の判例である。(昭和二三年(れ)一〇七一号同年一二月二二日大法廷判決、判例集二巻一四号一八五三頁以下参照。)されば、一審の無罪判決に対し、事実誤認を理由とする検察官の控訴を認めたこと、および、右控訴を容れ控訴裁判所が被告人に有罪を言渡すことが所論のように違憲ということはできない。従って、原判決には所論の違憲はなく論旨はすべて理由がない。
同第三点について。
所論は憲法三一条違反をいうが、その実質は単なる訴訟法違反の主張に過ぎず適法な上告理由にあたらない。のみならず記録によれば、原審は被告人に対し昭和三一年九月二〇日原審第二回公判期日に出頭を命じ(二五〇丁)、該公判廷において被告人を、公訴犯罪事実その他について詳細にわたって質問している(二五三丁以下)のであるから、その余の証拠については法廷において直接これが取調をなしていないことは所論のとおりであるが、原判決が、被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言渡した一審福島地方裁判所の判決を破棄し、被告人に有罪の判決を言渡しても刑訴四〇〇条但書の規定に違反しないことは当裁判所の判例(昭和二六年(あ)二四三六号同三一年七月一八日大法廷判決、判例集一〇巻七号一一四七頁以下)の趣旨に徴し明らかである。(本件の第一審判決説示のごとく、詐欺の意思を除く以外の事実は、すべて、認められると認定しているような場合には、被告人を公判廷で公訴事実その他につき質問し、原控訴判決が証拠とした被告人の検察官に対する供述調書の措信すべきや否や等につき取調をなせば、その余の証拠につき直接取調をしなくとも、原控訴審における事実の取調として充分であると見るのが相当である。そして、原控訴審では本件につき前述のごとく被告人の質問をした上原控訴判決は、当審における事実取調の結果、すなわち、被告人の当審公判廷における供述によると、「被告人は本件各犯行の当時土工をして月収平均七、〇〇〇円乃至九、〇〇〇円であったが、その内三分の一は母に出し、残りで身回り品等を購入し、所謂飲代は、三、〇〇〇円位で、平均して一〇日に一度位飲食していたことが認められる」と判示し、さらに、「本件の各場合におけるが如く一回に二、〇〇〇円余りから四、〇〇〇円程度の飲食をすれば、他に特別の収入又はその見込のない限り直ちにその支払に窮することは明らかである。而して被告人に当時右代金支払に充てる収入があったことはこれを認める資料が存しない。然らば、被告人の右代金支払の意思があったという弁解は疑わしいものといわなければならない」と説示している。されば、原審には事実の取調をしない違法は認められない。)それ故論旨は理由がない。
被告人の上告趣意は単なる事実誤認の主張であって適法なる上告理由にあたらない。
よって、刑訴四〇八条、一八一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫)